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ホーム活動報告

「そばにある人権」と子育てへの思い

家庭教育学級リーダー会開催された!9日から10日の2日間、可児市内の保育園から中学校までの子どもを持つ親が子育てを通しての互いの交流により、自信を持っての育みができるよう子育ての教養を高めていくことを目指している。そのリーダーの集まりが開かれた。総勢約80人である。

これには、毎年恒例で本センターの局長が、講話依頼されている。

講話の主な内容は、次の通りであった。

1、本センターの役割について

国や県市には、そこで住んでいる人のために、多くの役割を持った施設があります。

市では、市役所を中心に市民の福祉向上のため市民が安心して生活ができるように任務役割を分担しながらやっております。

私どもの、人権啓発センターは、岐阜県で3つある内の1つです。

役割は、人権という、人として生まれてから亡くなるまで「人間が、人間として幸せに生きていくための権利」を守れるように人権を知ってもらい、守ってもらえるように啓発の活動をしております。

人は、人々と介在しながら社会で生きています。また多くの地域組織を運営する人も差別や偏見のない人権を踏まえた運営の必要が大切となります。

そこで、このチラシのように多くの事業が年間を通し実行され、また新たなこともやっております。多くの市民に広がるよう年間1万人運動を展開しております。

人権は、国の憲法により守られております。憲法は、国民のためのものです。国からの命令なしに、国が国民に約束することなのです。国からのお願い事は、只3つあります。教育・納税・勤労の義務なのです。それ以外国民を守るために定めてあります。

人権で大事なのは憲法の3原則があることです。一つに基本的人権の尊重があります。

この他に主権在民があります・先に言ました国民の意見により事をなしていくということです。あとは、平和主義(戦争放棄)です。3原則で、主権が国民になかったら人権は守れませんし、まして戦争していているところに人権は存在さえできなくなります。

3原則中特に基本的人権の尊重は大事ですし、残り2つはそれを支えていることがお分りいただいたと思います。人権は、人として幸せを希求するためになくてはならない原則なのです。人権を知っていくためには、生きていく権利の生存権が第一です。最低限度の生活の保障を国はやりますし、全員が義務教育を受ける権利があります。こうしたことも人権を知り自分を守るうえで、一つでも欠ければ守ることは難しくなるのです。ですからユネスコは、貧困と教育を重点施策としているのです。

今日、こうしてみなさんは、集まっていることが当たり前だと思っていますが、これも「集会の自由」という基本的人権の自由権があるからです。

何人以上集まってはならないという国さえあるのです。このように人として道徳や犯罪等を犯さならないでやることはすべて自由であるのが、民主主義の日本だからです。

最後に今日は、みなさんが余りのも子育て大変といっていることをよく聞いていますので、「楽観主義でいきましょう」とあえて経験者として、書きましたので読んで終わりとしたいと思います。

楽観主義でいきましょう!  ~子育て・ガンバっているお母さん・お父さんへ~

<家庭教育学級リーダー会>可児市人権啓発センター 川手靖猛 (社会教育主事任用資格者)

みなさん!「子育ては、楽しいものですよね」というと、楽しいなんて考えている暇なんかないわよ!何をいっているの、禿おじいさん?と下から、上目使いで私を見つめている人が、あっちにもこっちにもいることを感じます。

3月31日から、NHKの朝の連続テレビ小説「花子とアン」が始まりました。主人公の花子は、「村岡花子」という有名な翻訳家です。私の故郷の山梨県甲府の生まれです。この放送は、「本当にええから見とーくりょうし-」(本当に良いものだから見たほうがいいよ!)との甲州弁が聞こえてきます。

花子は、「赤毛のアン」を初めて翻訳して日本に紹介した人です。

最近この本を手にしましたのは、「私どもの人権啓発センターでは、子どもたちの多くが、あたたかい心になってもらえるようにと、『人権本巡回制度』を、6年前から図書館と提携し、供出してもらい、また私どもも新本の購入をしながら、選考してやっております。小学校2コースに分け1か月ごと巡回しております」   こうした選考機会に、この懐かしい村岡花子訳「赤毛のアン」を手にしました。 その後に偶然にもNHKで放送されると聞き、時々見ております。山梨の方言も懐かしく、うれしくなりました。 

そこで、今日は、子どものころ読まれた方が多いと思いますが、その中書かれているアンの逸話を話します。カナダの雄大な自然を舞台に書かれた「モンゴメリ」の名作「赤毛のアン」。

アンは、おしゃべりのお転婆な女の子でした。どんな場合でも持ち前の明るさで笑顔を振りまわしていました。ある時、立派な家に招かれました。どれもこれも見たことのない「じゅうたん」やカーテン等々。しかしそんなぜいたくな生活をうらやむ心など、さらさらないアンでした。そうして、こんなことを言うのです。「この部屋には、あまりにも素晴らしいものがいろいろあって、創造の余地がないわね。貧乏な者の幸せの一つには、いろいろと創造し工夫できるものがあるというところだわね」(要旨)と笑い飛ばしていくのでした。やがて、大学入試の時に養父が急死し、アンは進学を断念します。大きな悲しいことであったが、アンは、養母にこう語りかけます。「自分の未来は、まっすぐに伸びた道のように思えたのよ。 いつも先まで、ずっと見通せる気がしたの。ところが今曲がり角にきたのよ。曲がり角を曲がった先に何があるかは、わからないわ。でもね、きっと一番よいものに合うに、ちがいないと思うの」というのであった。曲がり角の向こうには、素晴らしい光景がそこに広がっているにちがいないと思い、アンは、眼前にある困難に立ち向かっていくのでありました。

「どんな不幸や困難であろうとも、その人が超えられない不幸などありやしない」との先哲の言葉が浮かんできます。

そしてやがて、アンは、教師となり人のために懸命に尽くしていくのです。 暗く考えても一時、明るく考えるも一時、「良くなることが不思議であり、悪いことが当たり前である」と思えば勇気が出ます。それならば「成せばなる」で、くよくよせずに1歩前進が大切ではないでしょうか。明日を信じて強く生きるのが楽観主義です。胸を張り勇んで子育てしてください。きっと楽しい先が見えてきますから大丈夫です。 (議事報告:m・h)