2012年6月28日人として大事なことは、
先日、可児市文化創造センターで「アメイジング・グレイス」という
映画を観てきた。
このBGMは、着メロでも良く使われる曲なので、有名である。
しかし、この音楽の出どころと言うとあまり知られていない。
この映画の内容である。
これは、イギリスの議会で生涯をかけて
闘った一人の議員の物語である。
その人の名は、「ウィルバーフォース」である。
彼は、「奴隷貿易廃止」に命をかけた人である。
当時の西インド諸島からの奴隷の売買に対して、道徳的非難を言い続け、
その証拠を自ら確かめ、議会の反対勢力と論戦をしながら、20年間かかり
同僚議員を主導して法案の通過を図った人である。
1833年7月26日のその日彼の夢が叶えられ「奴隷制度廃止法案」が
議会を通過した。
その時彼の体は、衰弱して病床にあり、生涯をかけたこの法案の議会通過を大変喜び、
その3日後7月29日に息たえたのである。
彼の葬儀の時に流された曲がこの「アメイジング・グレイス」であった。
彼の助言者ジョン・ニュートン(元奴隷船長)が作った詩なのである。
人権は、闘いの中で勝ちとった歴史が多い。黙っていては人権は逃げていくのである。
声を挙げることのできる状況づくりが、公の仕事である人権啓発・擁護の仕事なのである。
アメリカ独立宣言のトーマス=ジェファーソン・フランス革命のロベスピエール
・黒人問題のマーティン・ルサ・キング・同和問題の西光万吉
・アイヌ問題の知里幸恵・女性参政権の平塚らいてう等、
皆闘い通した人たちなのである。
故に声を上げられるように国連では、貧困の撲滅・無教養の改善に力を入れているのである。
だからといって人権を侵された人が悪いのでなく侵す人が絶対悪なのである。
差別した人は、自らが自覚と最大の努力により命の修復をすることがその人の責任なのである。
それは、人としての人間社会の習いなのである。
だから侵す人は、社会的な制裁により罰せられるのである。
「人は、同じだから平等ではなく、人はみな外見・性格・考えが違うからこそ
命ある人間としての括り(くくり)での平等主義でなければならない」のである。
映画を観てつくづく考えたことである。(y・k)