2017年7月10日平和の砦を!
夏が来れば思い出す。あの日の事をーーー。と言っていつも話される。80歳過ぎとは思えない元気なA氏も、昨年亡くなった。
話すことは、決まっていて10歳の時の岐阜市在住時の、昭和20年7月9日夜11時頃の米空軍の爆撃の事であった。
七夕の2日後で、未だ玄関に小さな竹の笹があり、8歳の妹の願いの短冊に「かんごふ」とひらがなで書いてあったと言う。戦地に行けなかった父・母とおばあさんと妹と共の5人家族で住んでいた。
数日前に、米軍機で空襲のビラがまかれたとうわさがあったと言う。
その夜は、空襲警報がなり、寝ていた5人で急いで外に出た時は、照明弾で照らされ、同時に爆弾で火の海となったと言う。老婆を連れて遠くには行けず、近くの防空壕に逃げ込んだ寸前に爆弾の破片で妹が即死したと言う。あの悲しみは、生涯脳裏に焼きついて居て離れない。だから夏は、嫌なのだと。
戦争は、何があっても断じて反対であるとーー。約900人の死者・負傷者は1200人以上・約2万戸が破壊され、住む家をなくした人は、約10万人(市民の60%)であったと話してくれた。一夜での惨事である。
戦争は残酷であり悲惨である。同じ人間同士が殺し合うことの因は、いったい何があるのだろうか。
それほどの憎しみとは何であろうか。
戦争は、お互いが正義だと思っているから戦える。だけど互いに加害者となり被害者にもなる。
結局、戦争は、互いの国の間での不条理と理不尽なことによるのかもしれない。
筋道が通らないルールを無視して振る舞いをしたり(不条理)、強い力を持った者が自分の主張をとおすこと(理不尽)によって互いの関係が歪んで不信が起こり、これを武力で勝利して押さえこみ従わせようとするので戦争が起こるのであろう。
どうしようかと協議する機関を両方で作り上げてあれば話し合える。話し合いは、智力で双方での均衡解決で納めるしかない。
ともかく平和で幸福を希求するしか、人の世の安寧はないからである。
愚かな為政者を見抜き、声を上げることが、幸せに生きることでの大切なことである。
ユネスコ憲章にある「戦争は、人の心の中で生まれるものであるから人の心の中に平和の砦を築かなければならない、相互の風習と生活を知らねばならなことは―――疑惑と不信をお起こしーーしばしば戦争となった」とあるようにーーー。
先日の7日に、ニューヨークの国連本部で「核兵器禁止条約」が加盟国193カ国中、122カ国の賛成多数で採択された。その瞬間参加者は、総立ちに成り拍手して涙する光景を見た。永く意見収拾した努力の賜であろう。日本初め反対国は、蚊帳の外で見ているだけ、でもその中、日本からのNGOも参加したとのニュースに嬉しかった。
人間の住む国としての地球市民の自覚を持ち、この条約反対国は良く深慮すべきであろう。
人権侵害の最大事は、戦争だからだ。多くの団体が人権の啓発を「コツコツ」やっていても、こうした不祥事で「ぺっしゃんこ」になるからだ。(y・k)